ジョブコーチトピックス

回想録〜普通の施設が始める就労支援(何から始める?)  ( 西村 浩二 : 2004/09/28 )

まずは就労支援を行うには、外に出て行かなければなりません。施設内の職員配置についてはもちろん、余分に配置できるわけではないので、体制を工夫して(例えば20人の利用者を4人で見ていたとすれば、それを3人で見るようにするなど)一人専属で配置できるように職場内のコンセンサスを得られるように提案しました。
次にまずは職場訪問。対外交渉になれるためにも、職場の状況を調べるためにも、職場訪問をしていくことから始めました。最初の電話は今でも覚えていますが、自動車の部品製造を行う工場に電話を入れましたが、ヒジョーに冷たくあしらわれました。今思えば、たどたどしい口調や何を言っているか分からなかったから怪しまれたのかもしれません。
その後もミニコミ紙、ハローワークなどの求人情報から引っ張り出してはとにかく電話攻勢。
でも企業の反応は「障害のある人は雇っていない」「できない」「こなくていいよ」と非常に冷たい言葉を浴びせられることが多かったのです。
「営業やってたときと勝手が違うぞ」最初のやり取りの失敗から軌道修正を余儀なくされ、次はあらかじめメモを用意、話す言葉は簡潔にしていこうと少し事前の準備もしていくようになりました。
そうこうしているうちに、ちょっと当たりのよさそうな事業所にヒットしたのですが、いざ職場訪問を、となったときに、引き気味になってしまったので、これはやばい!と思い、
とっさに出た返し言葉は「じぁあ、貴社の職場の様子を伺うことで、今後の参考にさせていただきたいのですが」「私自身職場の雰囲気を見させていただいて、勉強をしたいのです」と言葉を返すと、「そういうことならいいよ」と相手は安心したのか、職場訪問の約束に成功できました。
そのような経験を何度かするにつれて、最初の段階で断られることはなくなったのと、当たりの可能性の高いところを事前にチェックすることを覚えていったのを記憶しています。
そして最初に仕事として関わることになったのは、まずは施設外で作業をするチームの作業内容をどうするかということで目に付けたのは社員寮の清掃の仕事でした。そこでは時給750円、時間は5時間程度と初めに取り掛かるにしては手ごろな内容でした。これを2名一組から始めて計算上では一人当たり月30,000円程度の工賃支給ができると踏んで取り組みはじめたのが、私のジョブコーチ道の最初の一歩でした。


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経歴
大学時代を障害児者へのボランティア活動と社会勉強に明け暮れ、なぜか広告業界へ進み、4年間悶々とした生活を送る。その後1年少々を自由な人として過ごし、1996年に社会福祉法人つつじコスモス(授産施設)へ就職する。翌年ウィングに異動となり、2002年より現在の職につく。
そして、2006年6月より広島県発達障害者支援センター専任として発達障害のある人の相談業務を行っております。
コメント
ジョブコーチの方法論や経済活動へかかわるということが前職の仕事に通じる部分もあり、自分を活かせる分野と信じて、広島でも地域就労支援の波を広げたいとあれやこれやと画策しています。この業界は「社会の中で当たり前に暮らす」って言葉がよく出てきますが、このことをあえて語らなければならないほど、福祉分野と社会との距離はまだまだ縁遠いと感じています。この状態に風穴を開ける可能性を秘めているのが「ジョブコーチ」ではないでしょうか。現在は現場での直接支援に携わることよりも、地域就労支援システムをつくることと人材養成のための仕掛けをすることが中心であり、現場スタッフの側面支援が主な役割です。また発達障害児へのかかわりも兼務している関係上、「幼児期からはじめる就労支援!?」を合言葉に一貫した支援体制を東広島地域でもつくっていくことが当面の課題でもあります。