WEB委員一覧


秦 政
秦 コンサルテイングオフィス(代表)

偶然がきっかけで特例子会社を設立、その経営に当たったのは10数年前。
以降、一貫して”企業経営と障害者雇用”を自分のテーマとして取り組んでまいりました。
これからもこの視点を忘れず就職を願う多くの障害のある人たちのエンプロイアビリテイーを如何にして高めて行くかを追い求めてゆくつもりです。その視点で発信をして行くのが私の使命と考えています。
今後ともご指導のほどよろしくお願いいたします。

本間 修
NPO法人障害者雇用部会

経歴
 1994年に、知的障害者を戦力にしようという特例子会社の設立・特例認定に携わり、18人のハンデを抱えた人達といろいろやってきました。彼達のありのままを受け取りながら、普通の会社でありたいという思いでやってきました。
 36年の会社生活を切り上げ、障害者が働くということに関る仕事と、NPO活動を何とか併せやって行きたいと思っています。

コメント
 ハンデを持っている人達が生きていく、働いていくという世界は大きく変わりつつあります。新たな課題が次々に目の前に迫ってきています。我慢強く取り組んで行きたいと思っています。


松尾江奈


経歴:大学院で心理学を学び、障害のある子供の療育支援に明け暮れる。院修了後、就職難で路頭に迷いそうになったところを、仲町台発達障害センター(現・仲町台センター)に拾ってもらう(梅永先生、ありがとうございます!!)。仲町台では、複数名就労(エンクレーブ)の支援や協力機関型ジョブコーチ、よこはま・自閉症支援室(現 横浜発達障害者支援センター)の就労相談担当を経て、現在ワークアシストやまびこ(旧 ワークアシスト仲町台)の支援員。臨床心理士、社会福祉士。

コメント:この仕事を始めてからの数年間は、とにかく現場が楽しくて、若さの勢いもあってか、長時間の通勤ももろともせず日々が過ぎていきました。障害のある人が社会の中で働くことを支援することが、こんなに面白いものかと現場の味を知ってしまいました。エンクレーブではじっくり利用者さんと向き合ってマニアックに直接支援すること、協力機関型JCの個別就労では周りの従業員さんをサポーターとしてどれだけ巻き込めるか、作戦をねりねりすることを学びました。現在はフォローアッパーとして障害のある人がより長く働き続けるためのお手伝いをさせていただいています。職場に赴く頻度は減ったけど、やっぱり現場はオモロイっ!!!


若尾勝己
●特定非営利活動法人東松山障害者就労支援センター(法人理事・事務局長)●特定非営利活動法人トータルサポートネット(代表理事)

webの内容が古くなりましたので更新します。特に顔写真について、別人ではありませんのでご了承ください。

<経歴>
 19歳の時に人生をドロップアウトし、社会のお荷物として2年ほど放浪。その後、「これからの時代は福祉業界」という根拠のない思い込みから福祉系専門学校に通い、平成2年に巨大福祉法人に入社。平成12年当時に、入所授産施設の指導員を仰せつかった際、連携職域開発援助事業と自活訓練事業の担当者として活動。その時に「ジョブコーチ」というキーワードに出会い就労支援にこだわり始める。平成15年3月に施設から退所したある知的障害の方の地域生活支援を行うため、NPO法人トータルサポートネットを設立、その後念願であった巨大福祉法人を平成16年3月に退職し、4月から現在のセンターに転職する。
<所属法人概要>
 埼玉県東松山市に設置。駅から最寄バス停まで約10分、徒歩だと30分強の街外れにある。建物及び土地と就労支援の機能について、東松山市の指定管理者として受託運営。法人の機能は大きく分けて3つ。1つは、就労支援(ナカポツセンターや市単ジョブコーチ含む)の機能、2つ目は、障害福祉サービス事業(移行支援・B型)の機能、3つ目は、仕事開発を行う機能。これら3つの機能を柔軟に組み合わせながら、現在総勢30名の職員で就労支援に関する包括的な活動を行っている。ちなみにこの全職員30名のうち、就労支援を担当する職員中6名、移行支援事業職員中2名の計8名は、JCネットワークの第1号養成研修修了者。JC事業は稼働させていない。
 昨年度から移行した多機能型事業所における「就労移行支援事業所」では、MWSのフルキットを導入し本人アセスメントをきちんと行える仕組みを整備。これは、地域の学校の進路指導担当者や福祉施設の就労支援担当者ニーズも受入し、評価を提供できるよう対応している。
<信条>
 オールオアナッシング

大野由美子
NPO法人きなはれ 就業・生活応援プラザ とねっと

 精神保健福祉士
 高次脳機能障害の方の支援を6年、その後障がいのある方の地域生活支援を1年半従事。
 
 札幌市の委託による、働く障がいのある方の支援、雇用している企業の方への支援、障がいのある方の就労支援の3本に重点を置いた地域活動支援センター(就労者支援型)での勤務となります。
 平成20年11月1日からオープンしました。

 ※写真は札幌就労支援研究会での1コマです。

高坂一人
就労移行支援事業所ワークトピアあすか?U (サービス管理責任者)

経歴
1966年、富良野(ふらの)市に4200gで誕生。大学卒業後、小さな村の未法人だった社会福祉協議会に就職するも4年後に退職。(社団)日本青年奉仕協会の「1年間ボランティア」に参加し、滋賀県の「第二びわこ学園」に派遣。1年間を重症心身障がい児施設で過ごしました。派遣終了後は、「社会福祉で飯は喰うまい。趣味にしよう」と思っていたところ、縁があって知的障がい者更生施設(入所)へ就職。
重度の方の支援、事務職を経た後、「就労・地域生活担当」へ。そして2000年、「北海道だから遠いんです。」と泣きついて仲町台の実践セミナーを受講したのが、ついこの間のようです。
2003年に今のワークトピアあすかへ異動。2006年度までは、就労支援については制度の導入などの後方支援が主だったのですが、2007年4月より就労移行支援事業所のサービス管理責任者となり、気合の入れ直しを実施中です。
○ ちなみに写真は授産事業のパン製造をイメージした当施設のマスコットです。(以前は、本人にチョット似ていたのですが、最近は本人の体重がオーバー気味。マスコットのほうがスマートなのです。) 



市川博康
障害者支援施設 生振の里 サービス管理責任者 ケアホーム・グループホーム管理者

障害者自立支援法施行に伴い、平成21年4月に施設入所支援・生活介護の事業所に移行しました。当施設は、年々高齢化・重度化が進み就労というキーワードでの支援は厳しくなってきているのが現状です。そんな状況ですが、ジョブコーチで学んだ事を日々の支援に活かそうと頑張っています。



千田 若菜
医療法人社団ながやまメンタルクリニック 就労支援部門

【ジョブコーチにたどりつくまでの経緯】
学生時代、臨床心理を学びながら発達障害の子どもの療育の仕事もしていました。が、「自分が今教えていることが、果たして子どもの将来に役立つのだろうか」という疑問も。でも何かできるはずと、講演会や勉強会などに足を運ぶことも続けていました。
そんな中で、出会った言葉が「ジョブコーチ」。最初に耳にしたときには、何のことやらサッパリわからなかったのですが、いつしかその単語はとても気になる存在となってしまい…卒業を控えた頃には、誰彼構わず「JCになりたいんですけど、どうしたらいいですか?」と聞きまくっていました(もちろん、すぐになれるわけがありませんでした)。
卒業後も定職には就かず(就けず)、JCに一歩でも近づきたいとの思いだけで、デイケア、某リハ病院、作業所を転々とする毎日を送りました(今では全て私の糧!すべてに感謝です!)。そうしていろいろな出会いを経て辿りついたのが、仲町台センターのジョブコーチ!JC事業のJCとして、念願の現場漬けの毎日を送ることができました。
【次の展開】
2006年4月、ある「目標」を持って(妄想を抱いて?)転職をしました。非常勤JC時代に、食べていくために始めた週末のアルバイト先が、現在の職場です。「臨床心理士&就労支援担当」として、仕事を始めました。
「目標」とは・・・地域の支援力が上がること!!
とは言っても全くの民間で何の根拠もなく、イチからのスタートです。一体何が、どんなことができるのか・・・仲町台で培った体力と気力を活かして、精一杯頑張っていきたいと思います。
【そして現在】
・・・など言っていましたが・・・
石の上にも3年?晴れて仲間が増え、就労支援部門を作ることができました。
写真は、就労支援部門スタッフ@クリニックです。
地域の皆さん、そしてJC-NETの仲間には教わりっぱなし、助けられっぱなしですが、引き続き、いろいろ教えてください。どうぞよろしくお願いいたします。


大森寛和


なまえを「くつろぎなごむ」と書いて「ひろかず」とよみます。その名のとおり、のんびりだらだらが特技です!?でも仕事でいつもくつろぎなごんでいてはいけないので、毎日気合を入れて頑張っています。特にこのJC?NETのセミナーなどの参加が大きなモチベーションアップにつながっており、今回WEB委員に参加させていただき、更なるコミュニケーションが多くの人ととれる事をわくわくしております。
遅れましたが、経歴は、授産施設の現場で作業指導員を2年経験したあと、就労支援の仕事を3年行っており、ウイングで仕事を始めて現在6年目です。
4年目からは協力機関方ジョブコーチとしても活動しております。
個別就労だけでなく、様々な地域で働く形を作っていく事に力を入れています。
まだまだ経験の浅い私で、失敗、反省の毎日ですが、辛い時も「ピンチはチャンス」を合言葉に頑張っています。どうぞよろしくお願いします。

2006年4月より、東広島市障害者生活支援センター さぽーとせんたーかもみ?る (相談支援専門員)に異動になりました。

2007年7月30日より、東広島市障害者相談支援センターになりました。
3障害の相談事業所の総合相談窓口を開設しました。