授産施設制度は、1870年に「生活困窮者への援護対策」として始まり、その後1949年、身体障害者福祉法が制定され、就労保障として確立しました。1980年代に入ると授産施設は、国際障害者年を契機に、10年間で、過去30年間の増加に匹敵する量的拡大の一途をたどりました。
授産施設は、就労することが困難な障害者に対して職業を与え、必要な訓練を行うことによって自活(または社会復帰)させることを法律上の目的としています。
2000年の社会就労センターが行った調査では、利用者一人当たりの平均工賃は、知的障害者施設で、1万2062円で、作業内容も企業の下請けが多く、不況などの経済動向に影響を受け、ここ数年平均工賃も減少傾向にあります。障害者年金と合わせても自活できない現状は、授産施設制度の基本的課題といえます。
こうした課題の解決をめざし、1992年に厚生省が、「授産施設のあり方に関する提言」を発表し、授産活動の近代化を図り、生産性の工場と工賃の引き上げを図ると同時に施設機能に応じた体系的整備を行うことを提言しました。その内容は、①就労を重視し、高い工賃を目指す福祉工場、②訓練と福祉的就労の機能を併せ持つ授産施設、③社会参加、生きがいを重視し、創作系作業を行うデイサービス機能を持つ施設の3分類です。
しかし、その後も、課題解決に向けた大きな変化は見られず、今年度、厚生労働省は、新たに「今後の障害保健福祉施策について(改革のグランドデザイン)」を発表し、授産施設の機能を見直し、就労移行支援機能の強化に、また一歩踏み込んできています。
《経歴》
1982年、当時東洋一といわれた巨大入所施設金剛コロニー(大阪府障害者福祉事業団)に就職、施設の中での「豊かな」暮らしを求めた生活支援員の30代、措置から契約の時代が始まり、「授産施設の中で働く」施設支援に埋没していた自分の愚かさを知らされ、「施設から地域での普通の暮らし」を求めて、いろいろな研修会に参加、その中で「障害があっても施設でなく会社で働ける」、ジョブコーチ支援の理念に共感、事業団でその導入に取り組んできた。そして、障害者自立支援法施行後の2007年4月堺市で事業団新施設「じょぶライフだいせん」設立にかかわり、就労移行支援事業を運営、合わせて、堺市内における就労移行支援事業者とともにネットワークを作ってきた。
2010年、特定非営利活動法人クロスジョブ堺を設立、4月より、堺市内で就労移行支援事業所わーくほーぷをスタートし、新たな人生に船出。
《コメント》
就労移行支援事業は、これまでの福祉サイドの就労支援の仕方や考えを根本から変えていかないとできない事業です。作業所や施設での作業を余儀なくされていた方々が、就職できる時代にむけ、今後も、就職、そして雇用定着を進めた事業所には、もっと報酬単価をかげてこの事業に頑張る事業者を育てていくことが、日本の福祉にとって必要だと思ってます。
これからの人生は、地域就労支援・企業とのネットワーク・就労移行支援事業の強化を柱に、「堺市を大阪を障害者雇用日本一に」を目標に、楽しく頑張っていこうと思ってます。よろしくお願いします。